本質的にちくらぎ

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『あみめでぃあ』第6号まえがき先行公開

 お久しぶりです。編集長のらららぎ(@lalalagi_chatte)です。各方面の寄稿ばかりやっており、このブログを後回しにしていたら、いつの間にやら〆切直前でした。やばい、やばい。前回は誌長のちくわさんがまえがきを担当しましたが、今回のまえがきはぼくが担当します。第6号ということなので、まえがきもやや向きを変えて、多少はビジネスライクな話にしました。ぜひ東京文フリでお会いしましょう!

 

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タイトル

なぜあなたは『あみめでぃあ』を購入するのでしょうか
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 ロシア政府が『Безопасное селфи/安全な自撮り』と題した公式の記者会見をひらきました。どうやらロシア・モスクワを中心に、高所での自撮りが流行しているらしいです。その自撮り行為のなかで大けがを負ったり、あるいは死人が出たりしております*1。

В МВД России обеспокоены участившимися случаями, когда человек травмируется или гибнет при попытке сделать уникальное селфи, ведь каждый из них можно было предотвратить. Селфи могут запомниться и удивить и без риска для жизни.
われわれ政府の懸念は、これまでにない自撮りをしようとして怪我したり死亡したりする事故が増えていることです。その事故はどれも防止できるものであり、みずからの命を危険にさらさずとも、記憶に残るような驚くべき自撮りをすることはできます*2。

 愛好家たちは、この危険な自撮りを「ルーフィング」(屋根の上を行くこと)と名付けました。いつもあるものの上に行ってみること、ぐらいの意味合いでしょう。かれらのあいだでは競技化されており、命綱はつけないルールとなっております。それに対して政府は、「安全な自撮り」というレトロニムを強調しました。
 けれどもルーファーたちにとって「安全」に価値はありません。「熱狂できること」とか、「危機をじぶんが統制できること」とか、「フィードバックがあること」とか、「社会にインパクトを与える」といったことに大きな価値があるのでしょう*3。
 どんなことが価値になるのか、というのはもともと心理学から発した問いで、有名なところではマズローの欲求階層でしょう*4。それをもとに発展させたのが、ベイン・アンド・カンパニーの「価値要素のピラミッド」*5です。すこしだけ紹介しましょう。やや意訳しているので、原文を注釈に記しておきます。
 最下層は《機能にかんするもの》となっており、「時間の無駄を減らしてくれる」とか、「簡単にしてくれる」とか、「リスクを減らしてくれる」とか、「大変なことを代わりにやってくれる」とか、「厄介なことを迂回してくれる」とか、「つないでくれる」とか、「いろいろ見せてくれる」とか、「商品がどれだけ良いものかはっきり示してくれる」のような価値が出そろっています。
 次の階層は《感情にかんするもの》とあり、「不安なことを減らしてくれる」とか、「報われたと思わせてくれる」とか、「つなげてくれる」とか、「価値のしるしになってくれる」とか、「健康」とか、「郷愁」とかがあります。
 さらに上には《人生を変えること》の階層が出てきます。「希望を与えてくれる」、「なりたいじぶんにならせてくれる」、「がんばるためのなにかになってくれる」、「ずっと継がれてくれる」、「縁と所属を感じさせてくれる」の五つ。最後の頂点は《社会の共有を生み出すこと》の階層に「自己超越」のみが置かれています。
 価値というのは、そこそこわかりやすい。どの業界でも「良いものかどうかはっきりしていること」(quality)が売る際の最重要価値となる。問題は次点の価値で、たとえばアパレル業界であれば「いろいろ見せてくれること」がくる。保険業界だったら「不安の軽減」。スマートフォンでしたらなんでしょう……「大変なことを代わりにやってくれる」とかでしょうか。私なんかだと「つなげてくれる」を求めてしまいますが。
 あなたは、同人誌というものに、あるいは評論だの考察だの随筆だのの文章に、あるいはそれがひとつのテーマでまとまった一冊に、あるいはこの『あみめでぃあ』に、その表紙に、目次に、内容に、奥付に、どんな価値を求めるでしょうか。これまで頒布してきた五冊は、不安を軽減していますか? 厄介事をどうにかしたでしょうか? なにかを簡単にしていますか? いろいろ見せることができていましたか? あなたが解決したいことに対応したソリューションとなっているでしょうか?
 私たちがここに記した概念語りを読んでも、正しいことはなにも書かれていないでしょう。正確性とか報道性のような価値を盛り込むことはできませんでした。私どもが書き出せたことは、すべて確認なのです。すり合わせの予行練習のような、ひたすら「確認したかったのかさえもわからないことの確認」を繰り返します。
 「安全な自撮り」と「高所セルフィー」のあわいで、そのあわいがあるのかないのかさえわからないようなあやふやな感覚で、自撮りとはなんだったのかを確認し続ける旅路。それぞれの価値を問い直してみる手続き。それは孤独な作業だから、みんなで継いでゆくこと。そういうところに価値を置いたつもりです。その一仕事のなかに、読者のかたがなにか価値を新しく発見するかもしれません。
 『あみめでぃあ』を作る側にとって、この本をビジネスライクに規定するなら、ひとつの概念カタログになってゆけばいいと思っております。つまり読者のほうで概念を雇ってもらうということです。あるいはいま雇っている概念を解雇するためのガイドブックともいえるでしょうか。
 現実的な些事は些細なことが中心ですが、なかには重大なもの、突発的なもの、定期的なものなどもあると思います。その数パーセントのイレギュラーを、どのような考えかたで把握するのかを考え直す機会になったらうれしいです。〈どんなことでもおなじように〉というのは、やや見下した発想といいますか、変更や対応のめんどうくささから問題を勝手に値引いてしまっているかもしれません。些事ごとに、あるいは問題ごとに、考えかたを把握し直す出発点に、この本があったらと思うんです。
 それをもっと積極的な表現で言ってしまえば、『あみめでぃあ』を手に入れることや読むことで、「私は新しいことを試す準備ができた!」と思ってもらえたらいちばんのしあわせなのかもしれません。あなたの悪戦苦闘のかたわらに、私たちが居られたらいいなあと思うんです。
 もしかすると、聖書のイメージに近いのかもしれません。そこに記してあることがいつだって正しいわけではない――なんなら正しいことのほうが珍しい――けれど、そのおかげで現実のなにかとすり合わせることができるような指摘と確認。過程と教訓。励ましと手続き。ことばはなんでもよいですが、概念をこういう風に雇ってみてもいいんじゃないでしょうかとか、こんな概念だったら解雇してみてはいかがでしょうかといったほとんど不正解で無内容なことを、堂々と《免責》で言ってみること、書いてみることで、みなさんの確認の一助になれるのだと思います。

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*1:モスクワの未成年落下事故が、2014年に48件、2015年に25件発生。

*2:https://xn--b1aew.xn--p1ai/safety_selfie

*3:チクセミントハイ『Flow: The Psychology of Optimal Experience.』より。

*4:マズローは論文のなかで「階層的」と言っただけで、実際に(かの有名な)階層図にしたわけではない。

*5:Bain and Campany”Elements of Value Pylamid”(2016)《機能にかんするもの》(functional)――時間の無駄を減らしてくれる(saves times)、簡単にしてくれる(simplifies)、リスクを減らしてくれる(reduces risk)、大変なことを代わりにやってくれる(reduces effort)、費用を減らしてくれる(reduces cost)、不厄介なことを迂回してくれる(avoids hassles)、儲けさせてくれる(makes money)、ことばじゃなく感じさせてくれる(sensory appeal)、整理整頓してくれる(organizes)、ひとつにまとめてくれる(integrates)、つないでくれる(connects)、報せてくれる(imforms)、商品がどれほど良いものなのかはっきり示してくれる(quality)、いろいろ見せてくれる(variety)。《感情にかんするもの》(emotional)――不安なことを減らしてくれる(reduces anxiety)、報われたと思わせてくれる(rewards me)、目的を可能にしてくれる(provides access)、価値のしるしになってくれる(badges value)、郷愁を誘ってくれる(nostalgia)、健康に与えてくれる(welness)、癒やしになってくれる(therapuic value)、たのしませてくれる(fun / entertainment)、追いかけさせてくれる(attractiveness)、デザイン的・美的な趣味を抱かせてくれる(design / aesthetics)。《人生を変えること》(life changing)――希望を与えてくれる(provides hope)、なりたいじぶんにならせてくれる(self-actualization)、がんばるためのなにかになってくれる(motivation)、ずっと継がれてくれる(heirloom)、縁と所属を感じさせてくれる(affiliation and belongings)。《社会の共有価値を生み出すこと》――自己超越(self-transcendence)。論文内画像のURL→http://www.bain.com/Images/elements-of-value-interactive-530.gif