本質的にちくらぎ

文芸サークル「本質的にちくらぎ」のページです!

テキスト系同人誌(文章系同人誌)のレビュー企画|第五号――早稲女同盟「いばら道 Vol.2」

わせじょらしくを、あたらしく
――キャッチコピー

 

 本日とりあげるのは、早稲女同盟(@wasejyodoumei)の「いばら道 vol.2」です。早稲女が文豪に挑戦状(ラブレター)を出すという体裁で書かれた自分語りが12本(40ページ)あります。この情報だけだと「小分けだな」と思うかもしれませんが、ひとつひとつ読むのが大変でした。文学作品がわからない読者でも、自信満々に語られる恋愛遍歴を「ふふ」っと笑いながら読めるようにもなっていて――なぜかみなさん自虐の形をとらずに自虐的な雰囲気にするのがうまい!!!――、文豪特集にもかかわらず、ほとんどだれでも楽しめるようにセーフティネットが充実していて素晴らしかったです。つまり「この作品知らないなあ」となっても、早稲女たちの恋愛遍歴自虐本として読めば次第に作品にも興味が出てくるので、さすが「恋愛」ジャンルの腕力は並ならぬものだなと再確認いたしました。

 

※本稿に書かれていることは「らららぎ」個人による感想の域を越えず、本サークル『本質的にちくらぎ』とは関係ありません。

 

購入動機と星型レビュー

【購入動機】
(1)あとーすさん(@ATOHSaaa)激推し
(2)制作が自信満々!!!

 

【評価】
装丁:☆☆☆☆    *マステっぽくてかわいい!
編集:☆☆☆     *漫画だけ浮いている印象です。
校正:☆
目次:☆☆☆
特集:☆☆☆☆    *それぞれの著者の実力差が大きすぎるように思いました。
付録:☆☆☆     *サブ垢ないひとの死が…笑
奥付:☆☆
 

エディトリアルデザイン

 いばら模様のマステ風の横枠があって、ふつうなら過剰ですが、なぜかマッチしているように感じられます。巻頭言では「『である』を捨てた何者でもない私を語る場所」とありますが、こんなの女子への欲望じゃん!とは思いました(笑)冗談です。

 

 気になったのは、最後に漫画があるのですが、漫画だけいばらがなくA5フルに描かれていているところですね。せっかくなので統一したほうがよかったかな、と思います。(漫画のコマ割りが大きいので、A5をフルに使わなくても余裕で読めるかな、と)。

 

×樋口一葉「十三夜」――早乙女ぐりこさん

 樋口一葉と言えば、なんと言っても「声を出して読みたくなる」ものです。まずは原文の一文目を引用します。

 

例(いつも)は威勢よき黒ぬり車の、それ門に音が止まつた娘ではないかと兩親(ふたおや)に出迎はれつる物を、今宵は辻より飛のりの車さへ歸(き)して悄然(しよんぼり)と格子戸の外に立てば、家内うちには父親が相かはらずの高聲(こうしょう)、いはゞ私(わし)も福人の一人、いづれも柔順(おとな)しい子供を持つて育てるに手は懸らず人には褒められる、分外の慾さへ渇かねば此上に望みもなし、やれ/\有難い事と物がたられる、あの相手は定めし母樣(はゝさん)、あゝ何も御存じなしに彼のやうに喜んでお出遊ばす物を、何の顏さげて離縁状もらふて下されと言はれた物か、叱かられるは必定、太郎といふ子もある身にて置いて驅け出して來るまでには種々/\(いろいろ)思案もし盡しての後なれど、今更にお老人(としより)を驚かして是れまでの喜びを水の泡にさせまする事つらや、寧(いつ)そ話さずに戻ろうか、戻れば太郎の母と言はれて何時/\までも原田の奧樣、御兩親に奏任(そうにん)の聟がある身と自慢させ、私さへ身を節儉(つめ)れば時たまはお口に合ふ者お小遣ひも差あげられるに、思ふまゝを通して離縁とならは太郎には繼母の憂き目を見せ、御兩親には今までの自慢の鼻にはかに低くさせまして、人の思はく、弟の行末、あゝ此身一つの心から出世の眞も止めずはならず、戻らうか、戻らうか、あの鬼のやうな我良人(つま)のもとに戻らうか、彼の鬼の、鬼の良人のもとへ、ゑゝ厭や厭やと身をふるはす途端、よろ/\として思はず格子にがたりと音さすれば、誰れだと大きく父親の聲、道ゆく惡太郎の惡戲とまがへてなるべし。――樋口一葉「十三夜」 

 

 これに「挑戦状」を出すということでしょうか。出すとしたらどうやって?

 

いつも威勢よく、マンション9階の実家のドアを「ただいまー」と開ける、嫁に行った娘が、今日は他人行儀にインターホンを押してうつむきがちに立っている。(p.6) 

 

 現代版か、という喜びが一文目を読んで湧き上がりました。樋口一葉ジェンダー界隈でも読まれていますが、『十三夜』は「結婚して女は幸せになるものか」というやや反骨的な精神で書かれているもので、そのテイストが「早乙女ぐりこ」さんの人生とクロスオーバーして、面白い作品となっております。これを読んでいいなあと思ったら、まちがいなく『十三夜』を読んでもらえる、見事な変奏だったと思います。

 

 惜しいな、と思ったのは「文のリズム」をもっとハッキリ残してもよかったかな、というところでした。原文の最後のところを引用させてください。

 

さ、お出なされ、私も歸(かえ)ります、更けては路(みち)が淋しう御座りますぞとて空車引いてうしろ向く、其人(それ)は東へ、此人(これ)は南へ、大路の柳月のかげに靡(なび)いて力なささうの塗り下駄のおと、村田の二階も原田の奧も憂きはお互ひの世におもふ事多し。 

 

 最初に「声に出して読みたくなる」と申しましたが、こういう感じです。本文が「ラブレター」なのは隅から隅までわかりましたが、「挑戦状」ではないなと感じてしまい、本誌が自ら設定したハードルの高さに、やられてしまっているという印象も受けました。

 

【校正要素】
・「いつも威勢よく、マンション9階の実家のドアを『ただいまー』と開ける、嫁に行った娘が、今日は」〈開ける〉と〈嫁に行った〉の主語が数回読みなおすまでわかりませんでした。原文に引きづられたかな、という感じです。
・「9階」「一人」「二人」「三十歳」
・「さよちゃんはね……(文末句点なし)」「介護に追われている……、(文中読点あり)」
・「なにかあったんじゃないの」「なんていうつもり」「何も言わずに」
・「おじいちゃんになんていうつもり」「なんでそんなこと言うの」「」
・「押し付ける」「近づいて」「目星をつけて」「」
・「フェイスブック」「ツイッター」「LINE」
・「ひとりでも」「一人」「二人」〈独り〉を開いただけかもですね
・「ツイッターでは夫がつぶやいている。『~(略)』。彼は(セリフ括弧のみ句点あり)」「占い師が言ってたっけ。『~』(セリフ括弧のみ句点なし)」

 

×夏目漱石「三四郎」――伏見ふしぎさん

今日はサークルの新歓だった。授業オリエンテーション後に部室前に集められた新入生は、先輩の誘導でぞろぞろ大学近くの公園へ移動する。何人組かで来ている者もいれば、一人で手持無沙汰にスマホをいじる者もいる。ブルーシートに到着すると、上級生が寄ってきて酒、つまみ、お菓子などを次々に並べていく。「出身どこ?」「へー文学部なんだ、何学科?」「次何飲む?」「他のサークルとか見に行った?」機械的に流れてくる質問に合わせているうちはよかったけれど、話が雑多になり輪がほどけていくと、三四郎はいつの間にかどの会話にも混じれなくなっていった。(p.8)

 

「あ…ごめんベッドとっちゃってた」
「いいよ、床で寝るし」
「えっ、悪いよ、私床で寝るよ」
「それはさすがに…いいよベッド使って」
「だめだめ!明日から授業はじまるし、風邪ひいたらやばいよ。私小さいから2人で寝れるよ」
「…え?」
 そういうと女の子は端によってひとり分のスペースを空けた。
「はい」
「いや狭いし悪いよ」
「えっじゃあ私床で…」
「それはさすがに…」
 そのやりとりが何往復か続いたが、女子は一向に折れない。(p.10) 

 

 この不器用さというか、不完全で未完成なところが『三四郎』そのものを感じさせます。これと似たような会話が原文にもあるのですが、それよりも私のお気に入りのところから引用しますね。引用中のセリフは三四郎から始まります。

 

「絵をお習いですか」
「ええ、好きだからかきます」
「先生はだれですか」
「先生に習うほどじょうずじゃないの」
「ちょっと拝見」
「これ? これまだできていないの」とかきかけを三四郎の方へ出す。なるほど自分のうちの庭がかきかけてある。空と、前の家の柿かきの木と、はいり口の萩だけができている。なかにも柿の木ははなはだ赤くできている。
「なかなかうまい」と三四郎が絵をながめながら言う。
「これが?」とよし子は少し驚いた。本当に驚いたのである。三四郎のようなわざとらしい調子は少しもなかった。
 三四郎はいまさら自分の言葉を冗談にすることもできず、またまじめにすることもできなくなった。どっちにしても、よし子から軽蔑されそうである。三四郎は絵をながめながら、腹の中で赤面した。――夏目漱石『三四郎』 

 

 こういうやつなんです。ただ、ちょっと三四郎(小川くん)に寄りすぎて書かれているため、三四郎に感情移入しながら読まないと読み切れないのがザンネンなところでもありました。

 

【校正&編集要素】
・「一人暮らしなんだよね?なんで~」「シャワー借りてもいい?あと~」「だめだめ!明日」スペース *別箇所はスペース入り
・「…」三点リーダーがひとつになっています *ダッシュは偶数本になっています
・「腕をつかまれているだけだ(改行)…。」字送りして前行にとどめたほうが可読性は高いかもしれません
・「また少し酔いが回ったみたいだ」急に三四郎目線
・「沈黙が苦しくて、とりあえず言葉を発する」三四郎目線
・「一人」「三々五々」「1時間」「3人兄弟」「2つ目」「1ヵ月」「3時」「4月」
・「女の子」「女子」 *同一人物の地の文での判然としない書き分け
・「だいじょうぶ」「大丈夫」
・「Tシャツ」一箇所小文字で横になっています
・「きまり」「決まり」
・「ひとり」「一人」
・「まじる」「混じる」
・「いう」「言う」


×谷崎潤一郎痴人の愛」――グアテマラ・R・マヤさん

 『痴人の愛』は、まあ名前からしてイメージできると思いますが、谷崎潤一郎のなかでも最もエロい物語です。いらんほどに性的なこと(セックス)にこだわって書かれた奇跡的な小説といっても過言ではありませんね。ただ、一般的な男女の事情話にありがちなじめっとした感じはあまりなく、むしろ天井の高い言語空間によって表現されるため、きわめて異質なものでもあります。どのような挑戦状になるのか、読む前、かなりわくわくしました、が、単に「まるで私のための作品みたい」という話に終始します。不倫の話や恋愛遍歴が楽しいひとは楽しく読めたかもしれませんが、私個人は占い師をやっていたころによく聞いていた話なので、パーッと流し読む感じになってしまいました。「大きな問題ではない」「満足仕切っている気持ちの表れ」のつながりがよくわからず、その前の「肯定してくれる心地良い存在」「少し自分の罪悪感も薄れる。だからこそ、この物語が好き」も微妙につながっていないし、なにが「だからこそ」なのか読解できそうにないし、文章の物足りなさというところもあったかもしれません。

 

【校正要素】
・「早稲女になれば何かが変わる気がした私は、~」「乏しい環境から自分を好きだし衣食住だけでなく教育をも与えてくれた譲治に対して、~」「別れから半年もたたずに戻ってきた私に対し、~」
・「(別名~」「(一女~」「(もしく~」半角括弧
・「いえば」「言えば」
・「彼が悲しんだ顔は見たことがあっても」 二重の〈が〉→〈の〉
・「現金なもの」
・「また不倫が発覚し家を追い出されたナオミはほぼ初対面の西洋人の家に転がり込むが、不倫経験はあっても不倫相手の家に転がり込んだことはない」 *だれがないのか読み返さないとわかりません。対比で書くときは、「ナオミは~だが、◎◎は~なかった」と比較するものを明確にしたほうが可読性が高いと思われます。
・「譲治は仕事が手につかなくなったため電気技師は退職しているし」 二重の〈は〉


×梶井基次郎――三七十(みなと)さん

 三七十さんの文章を読んで、梶井はまだここに生きていたのか、と感激しました。朝の通勤電車で読んだのですが、場所が場所なら泣いていたかもしれません。なんとなくの中心として『檸檬』を選んでいるっぽいのですが、三七十さんが影響されている文章自体は、むしろ晩年の梶井基次郎だと確信できます。あの、結核で、路をゆっくりとしか歩けなくなったあとの、信じられないくらいスローな言語感覚にかなり近いものを感じました。

 

 親愛なるK先生へ、
 どうかあなたが実のところあほでありますように。
 ふとしたことで欲情して自慰行為にふけって一篇の美しい詩篇も書くことができずにいた夜がありますように。生涯女を知らぬあなたはその精神の高潔さゆえではなく、ただ機会がなかったか、あるいは宇宙の様な女の穴を前にして一歩も動けなかっただけでありますように。
 恋をしたわたしがこうして男のにおいのする指で打鍵をすることを、あなたの魂がゆるしますように。そうしてよごれてもよごれても、かたくなさを永遠にうしなっても、いつか小説を書けますように。(p.14)

 

 ラブホテルの天井は遠い、君と行くかもしれない京都のほうがずっと遠い。
 君はお寺とか神社とか一通り観光名所を回ってそのあと東横インのベッドにインできたらそれでいいのかもしれないけど、わたしは早朝の哲学の道を一人で歩いたり谷崎のお墓参りをしたりしたいの、一人で。絶対ついてこないでね。
 そんなことを思いながらしがみついていると早くなる脈拍、わたしの気持ちとは裏腹に興奮していく君の肉体を満足してわたしはほくそ笑む。笑むけれどそのぶんだけむなしい、東横インのベッドで幸福をかみしめる自分のすがたがやすやすと想像できるのだ。心臓のいびつなかたち、でこぼこにあいた穴に君が檸檬クリームを塗りこめる。(p.14)

 

 先生助けて。助けないで。
 もっと最低なことがしたい。
 大好きだよって言い続けてあなたを黙らせたい。(p.15)

 

 裸になってみえるのはやさしさなんかじゃない、ただ、ただ、愛だし慰めだよ、自分への、そうじゃなかったらわからないよ。君のプレイリストを1ミリも好きになれない。君だってわたしのプレイリストにまるで興味がない。それが嬉しいの。
 (…)まったくあほだよね!
 わたしは月夜の海辺で影を追って昇天するし、あなたは浮気した唇でJ―POPを熱唱して昇天する。それでいいと思う。(p.16) 

 

 嗚呼、すばらしいです。最高です。晩年の梶井のテイストに、短歌のような自己再帰的なテイスト、それといやらしくない欲望のサジェスチョン。すべてがよいです。細かいところに作品を散りばめていて、特に「幽霊みたいな水音に耳をすまし」のところが、ラブレターだなあと感じます。『筧の話』は、梶井が死ぬ前に歩いていた散歩道を、ゆっくりゆっくり描写した作品で、夏目漱石並みのおかしな造語も入ってきたりしていて、とてもよいです。引用しましょう。

 

この径(みち)を知ってから間もなくの頃、ある期待のために心を緊張させながら、私はこの静けさのなかをことにしばしば歩いた。私が目ざしてゆくのは杉林の間からいつも氷室(ひむろ)から来るような冷気が径へ通っているところだった。一本の古びた筧(かけひ)がその奥の小暗いなかからおりて来ていた。耳を澄まして聴くと、幽(かすか)なせせらぎの音がそのなかにきこえた。私の期待はその水音だった。(…)「そのなかからだ」と私の理性が信じていても、澄み透とおった水音にしばらく耳を傾けていると、聴覚と視覚との統一はすぐばらばらになってしまって、変な錯誤の感じとともに、訝(いぶかし)い魅惑が私の心を充たして来るのだった。(…)すばしこく枝移りする小鳥のような不定さは私をいらだたせた。蜃気楼のようなはかなさは私を切なくした。そして深祕(しんぴ)はだんだん深まってゆくのだった。私に課せられている暗鬱な周囲のなかで、やがてそれは幻聴のように鳴りはじめた。束の間の閃光が私の生命を輝かす。そのたび私はあっあっと思った。それは、しかし、無限の生命に眩惑されるためではなかった。私は深い絶望をまのあたりに見なければならなかったのである。何という錯誤だろう! 私は物体が二つに見える酔っ払いのように、同じ現実から二つの表象を見なければならなかったのだ。しかもその一方は理想の光に輝かされ、もう一方は暗黒の絶望を背負っていた。そしてそれらは私がはっきりと見ようとする途端一つに重なって、またもとの退屈な現実に帰ってしまうのだった。筧は雨がしばらく降らないと水が涸(か)れてしまう。また私の耳も日によってはまるっきり無感覚のことがあった。そして花の盛りが過ぎてゆくのと同じように、いつの頃からか筧にはその深祕がなくなってしまい、私ももうその傍に佇むことをしなくなった。しかし私はこの山径を散歩しそこを通りかかるたびに自分の宿命について次のようなことを考えないではいられなかった。「課せられているのは永遠の退屈だ。生の幻影は絶望と重なっている」――梶井基次郎『筧の話』 

 

 これをド変態なラブレターに変換することができたら、三七十さんのような、愛情表現になるのでしょう。とてもうらやましいです。梶井の全集を持って、一緒にゆっくり歩いてみたい。何度も言います、最高でした。

 

【校正要素】
・「いう」「言う」
・「けど」「けれど」
・「傷つく」「気が付く」「ついてくる」「気づかない」
・「守って来た」「ついてこないでね」「持ってくる」「つけてくる」
・「過ぎて行く」「どこにもいけない」「ついていきたい」一般動詞 *「興奮していく」「かわっていく」「発揮していく」形式動詞は揺れていません 
・「演技をする、」「一歩も動けない、」「待っている、」 *わざとかもしれませんが、地の文での文末読点
・「出会った時」「しがみつくとき」
・「向き合う」「愛しあう」
・「わたし」「私」
・「1ミリ」 *どうしても気になりました。この文体なら「一ミリ」にしてほしかった…(個人的なわがまま)
・「面目たたない」 『が』抜きはまちがいではないと思いますが違和感がありました。
・「一人」「ふたり」
・「守って来た」「まもりたい」

 

×夢野久作「氷の涯」――未衣子さん

 恐怖でした。

 

 『ドグラ・マグラ』で終わるには非常にもったいない作家なので、こういう形で読めるといいですね。

 

【校正要素】
・「といえば」「言う」「直感がいう」「そういえば」
・p.18上段左2行目字下げ?
・「メイが明らかに態度を変えたのは、その日を境にしている」意味は通じますがなんとなく違和感がありました。


×宮沢賢治――大野のどあめさん

 もう少し読みやすいと嬉しいです。なにが挑戦状で、なにがラブレターなのか、いまいちわからなかった印象です。私の読解力の問題かもしれません。個人的に「雨ニモマケズ」は、道徳的なところよりもむしろ、「行ッテ」の部分に賢治の思想があるような気がしています。

 

【校正要素】
・「つかれる」「疲れる」
・「4年生」「第二文学部」

 

×太宰治「きりぎりす」――香良洲あげはさん

 明治文語文らしい告白調で、人のことが好きなんだか嫌いなんだかわからない太宰らしいテンションで、「ふつう」を生きる時間を確保するために自由恋愛するあげはさんの日々が語られます。あまりに引用が難しいのでしませんが、この文章は時々ゆっくり読み返したくなるものです。昨日のために今日を、今日のために明日を滲ませるような「ふつう」の在りかたの限界と、その限界をやっぱり望んでしまう「サブカルな私」の、よさが文章ごと染み渡ります。

 

 テクニカルな話をすると、こういった告白調の、次々にことばを継いでいく文章は、できるだけ読者を止めてはならないので、「わかる/分かる」「なに/何」などの気になる――つまり表記によって意味が変わりそうな――揺れは、あらかじめ弾いておいていたほうがよいかと思われます。「わかる」と「分かる」は何がちがうのかな、と思って読み進めるのは、そこそこ心的負担になりますゆえ。

 

【校正要素】
・電話番号のダッシュが横になっています。
・「YMO」が横になっています。
・「わかる」「分かる」
・「なに」「何」

 

×坂口安吾「白痴」――あべみえさん

 出来不出来はおいといて、坂口安吾に挑戦状を出そうと決めた心意気がすごいと思います。もう少し読みやすいと嬉しかったです。

 

×林真理子――橘まり子さん

 林真理子は読んだことありませんでした。知っていると面白いのかもしれませんが、知らなかったので特に何も感じずに流しました。

 

【校正要素】
・p.28下段左1行目の字下げズレ、ルビのズレ。
・p.29上段真ん中、「―(改行)―。」を字送りで修正したいです。
・p.29下段、記号あとのスペース

 

×穂村弘――夕暮ともりさん

 穂村弘と言えば、短詩型のほかに、クンデラの「詩とは全ての断定を正しくする」という定義を用いて詩を日常に見つけるエッセイが好きでした。一回読むと飽きるので文豪とは思いませんが。読んでいて、卒論を書くにはちょうどよさそうだなあと(笑)

 

 挑戦状とかラブレターとか、やはり企画のハードルが高いためか、本誌の後半は「面白い!」と思えるところがあまりありません。自分を語るテンションなのに、何かを論じてしまう文章の癖みたいなものがあるのか、どうしてもぎこちない文章になって、読むのが退屈になってしまいます。

 

【校正要素】
・p.30記号後のスペース
・p.30下段、なぞの句点挿入

 

×コレット「青い麦」――遊牧菜々さん

 文章がもう少し読みやすいとありがたいです。

 

 フランス恋愛文学というと、どうしても婦人と年下男性という感じですが、こういう同世代系のもあるんですね。湿っぽくなくてよいです。

 

【校正要素】
・p.32上段「『わけね』。ひょうきん~」セリフ後の外出し句点
・p.33上段「~なぞり、『~』」文末なし(ほかのところにもあります)
三点リーダーが奇数個です

 

×サガンブラームスはお好き」――がおちゃ'16さん

 この原作は最高に面白いです。

 

人生は女の日記じゃない。古くなった経験のつづきでもない。君はぼくより十四だけ年上だ。そして、ぼくは君を愛している、君をいつまでも、いつまでも愛するよ。それだけだ。――サガンブラームスはお好き」より 

 

 こういうきざな誘いかたがじょうずなチャラいやつが出てくるのですが、なにかと表現がおもしろいです。がおちゃ'16さんが19コマの短編漫画でモティーフにした部分は、私も割と好きなところなので共感しました。男はじぶんのほうが上だと思い込んでいて、評価する側にいると思い込んでいて、その価値観を当たり前のように女性に押しつける。それでも恋愛脳になってしまったら最後、「そんなひと」とも平等に、対等になれる気がしてしまうもので、いやはや怖いです。

 

奥付

 「Informations」ですが…このようなまとまった言いかたで複数形は言わないように思います…。(情報を個別に分割して考えるところではないため)

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 テーマが難しいというのがあると思いますが、本来はもっと書けそうなかたが、ぎこちない文章になっていたりなどあり、推敲やリライトがどのぐらい行われているのか気になりました。編集意図なのかもしれませんが、あまり突出せず、平均や普通を目指しながら、早稲女であることで――あるいはその自虐肯定的なメンタリティで――ひとつキラキラ盛り上がろうという感じがします。それはとてもすてきなことなのでいいと思いますが、ひとりの読者としては、もっともっと「読ませにかかってきている」文章を、とことん味読してゆき、そのなかで早稲女のユニークなメンタリティや、記号性に回収されない早稲女な「あたらしく」を感じたいな、と思いました。