本質的にちくらぎ

文芸サークル「本質的にちくらぎ」のページです!

テキスト系同人誌(文章系同人誌)のレビュー企画|第二号――さきがけ文学会『蘖―ひこばえ―』第四号(通巻第七号)

活字はここまで面白い!
――さきがけ文学会サイトヘッダー説明文より 

 

ありのままの感性を用いて創作活動を楽しむ。
文芸は言語表現であることを忘れない。
常に新しい発想に挑戦する。
個人が輝ける作品を目指す。
――さきがけ文学会「基本理念」より 

 

 本日とりあげる同人誌は「さきがけ文学会」(@sakigake_japan)が毎年1月に頒布している副冊子「蘖―ひこばえ―」の第四号(通巻第七号)です。7月に頒布している機関誌「さきがけ」の副冊子という位置づけのようですが、個人的には「蘖―ひこばえ―」のほうが好きで、こちらをレビューしようと思いました。「文芸のゴミ箱」を自負するほど、文芸を下のほうからすくっていこうとしているらしく、そういうメンタリティにあふれている同人誌です。早速、購入動機と評価をしてゆきたいと思います。

 

※本稿に書かれていることは「らららぎ」個人による感想の域を越えず、本サークル『本質的にちくらぎ』とは関係ありません。

 

購入動機と星型レビュー

【購入動機】

(1)「ひこばえ」ということば(桜のひこばえの写真を撮るのが好きなので)
(2)霧谷あのさんの三行詩「矯正具」の襟を正したような距離感
(3)奥付に責任者名がきちんと明記してあった
(4)印刷所が「ちょ古っ都製本工房」さんだった
(5)150円で手にとりやすかった

 

【評価】
装丁:☆☆    *私もやりがちですが、背表紙が倒れています
編集:☆☆    
校正:☆
目次:☆☆    *中央が三点リーダーだらけになっているのと、作者とタイトルが分散していて何を見せたいのかわからないです。
短詩:☆☆☆☆  *お気に入りが見つかりました。よいです。
散文:☆☆
小説:☆
企画:☆
奥付:☆☆☆☆

 

遊び紙

 表紙1をめくると、若草色の遊び紙(いわゆる前ペラ)に出合います。中厚口(ちゅうあつくち)でしょうか、厚すぎない・豪華すぎない感じが「ひこばえ」を連想させる、よい遊び紙の使いかただな、と感じました。

 

タイトルページ(大扉)

 やや右よりになっていて、表紙で使っている砕けたフォントとは変えて、がっちりした印象です。このページや、その他のパーテーションページのノンブルがノドギリギリに記されていて、良く言えば「隠し要素」、悪く言えば「邪魔」でした。ノンブルの位置をわざわざ切り替えることで、普段は風景と化しているノンブルに注意がいき、注意がいったからといってなにか面白いものがあるわけでもなく、かなりイラッとします。面白ければいいのですが、位置を替えたところでなにもないなら、替えないほうが読んでいて目障りではないのでありがたいと思います。

 

巻頭引用

 霧谷のあさんの「右往左往」の引用が飾られております。「右往左往」なのに、「行ったり来たり」(単に私だったら「往ったり」というだけのことですが)と書くのはなぜなのか気になりました。「~な私です」という告白調で始まる個人色の強い詩を巻頭に持ってきて本全体のイメージを代表させるのは難しいのではないかな、と思いましたが、おそらく部内で「これだ」というものがあったのでしょう。

 

目次

 ここでも「蘖」のフォントが変わっています。やや達筆なフォントを使用し、横書きながらも品書きっぽさを出せている印象です。「第4号(通巻第7号)」のフォントの大きさをまちがえたのか、微妙な位置取りになっている感じもしますが、微調整の時間がなかったのかもしれません。フォントを出したい雰囲気に合わせて積極的に変えてゆくのは、とても工夫が見られて素晴らしいと思いました。縦書きで、ジャンル・タイトル・複数三点リーダー・名前・ページという順番になっておりますが、タイトルと作者名を極端に離したのは、なぜでしょうか。結局は「………………」がページの中央に集まっていて、タイトルと作者名がその上下に分散している形になっているので、ぱっと見でかなり寂しい目次になっております。悪口っぽく言えば、「品揃えが悪そうな本」に見えます。

 

6ページ目

 目次の裏は、なぜかノンブルだけが書いてあるページがあります。もちろん印刷所のことを考えるなら、たとえ不要なページでもノンブルはトンボ内に入れておくべきです。それは「印刷所」視点を尊重することであって、読者にとって不要ページは不要です。どちらをとるかはひとそれぞれでしょうけれど、もし印刷所のことを考えて振っているなら、なぜタイトルページなどでノンブルの位置を替えるのかも謎になります。統一された編集意図というわけではないので、さらに妙に感じました。

 

扉(中扉)

 分厚い縁取りに重々しさを感じ、これから作品群を見てゆくんだ、という気合が入ります。ただかなり気になるのは「三行詩」と書いてある下に、「A poem of three lines」と書かれていて、これは英語観によって異論が出るところだと思いますが、私なら「A three line poem」にすると思います。理由はふたつあって、(1)「a poem of three lines」だと名詞句として完結し切っていない印象がある、(2)「of three lines」だとどうしても「lines」が複数形になってしまうのでバラバラな三行に思えてしまう、というものです。

 

(1)未完成な名詞句

 基本的に「a poem」に対して、前置詞を使って「of three lines」を後ろにくっつけるということは、まだまだそこに付け加えるべき情報があるように感じられます。つまり、「詩です/三つの複数行で構成されています/(その行は韻を持っていたり~)」(a poem of three lines [that have rhythm~])のような関係詞節による「行が複数であることの補足説明」が待たれます。というか、その機能を説明するための複数形の明示です。

 

(2)複数

 辞書や説明文のように、行が三つあることを機能的に説明・強調するには複数形を使用できる「of three lines」のほうがよいと思いますが、三行詩というジャンルのことを示すのであれば「three line poem」あるいはもっと結びつきを出して「three-line poem」のようにするのがよいのかな、と感じました。あくまで印象論なので正解や不正解はないと思います。私個人としては、かなり気になってしまったところです。どうして「a poem of three lines」という英語を加えようと思ったのか、というところへの興味と関心です。

 

三行詩

 冒頭にも記しましたが、心からいいなと思ったのは霧谷のあさんの「矯正具」です。引用いたします。

 

ぶれた視界じやよく見えない
焦点を合わせてくれるのは
調整役のあなた 

 

 この短詩を読んだときに、河野裕子さんの「日付のある歌」の連作を思い出しました。

 

明日になれば切られてしまふこの胸を覚えておかむ湯にうつ伏せり 

 

 六十三歳、乳がんで亡くなった歌人です。その手術の前日に詠んだ歌です。障害への距離感のつかみかたが、近すぎず遠すぎず、河野さんも霧谷さんもずば抜けてうまいな、と思いました。


文芸詩

 文芸誌(a literary poem)――日本語・英語ともにあまり聞き慣れません。このいきなりわかるようでわからないジャンルを説明なしにぶっこんでくる感じはとても好きです。「詩や文芸とはなにがちがうんだろう」と考えるのが楽しいですから。

 

 いいな、と思ったのがひとつだけあって、野生のペットさんの「247号」です。

 

いつだって帰り道
色んなトラブルに苛まれ
色んな幸せの小道

一人で走り
友達と走り
恋人と走り

いつだって帰り道
通らない日はなかった


時は経ち

恋人は去り
友達も去り
私も去った

今は知らない人達の
いつだって帰り道

久しぶりに走ったこの道は
もう帰り道ではない
誰もいない
ただの道

 

 計算されているのかわかりませんが、頭の「i-」が四つ続き、「走り(-i)」が始まったらそれが三つ続いて、また「i-」が頭に入り、「とお(o-)らない」に変わって、「こ(o-)いびと」「と(o-)もだち」の連続のなかで、「去り(-i)」を後ろに残し、「私も去った」で区切ります。また「い(i-)ま」「い(i-)つ」「ひ(i-)さしぶり」と「ひとだち(-chi)」「みち(-chi)」で合わせて、「道ではない(-i)」「いない(-i)」「みち(-chi)」でつなげている工夫が、とてもいいなと思いました。「い」の音を重ねていくことで、中途半端に清算された過去をそっと撫でるような、詩の温かい部分が出ていてすごく好きです。

 

 「いつだって帰り道」という帰り道の本質をとらえたような書き口も、ストレートな詩に混じって響いてきて、いったいどんな県道を走っていたのかとても気になりました。

 

ひこばえ俳壇

 「痛む耳」と「雪道を」がよかったです。

 

ひこばえ歌壇

 「見慣れてた」がよかったです。

 

さきがけの缶詰

 後半一発目のページ(全52ページ中の27ページ目)ですが、いきなり身内ネタでした。左右のページで、文字の位置がちがうのにも違和感があります。

 

散文

@うたた寝うた子の誕生秘話

 

 ゆうやさんですが、p.9とp.34では「うんち」と表記していて、p.32では「う○こ」と表記する変わり者です。うんちとうんこでは、やはりセンサードに微妙なちがいがあるのでしょうか。繊細すぎて私にはわかりませんでした(笑)

 

交際中だった夫に駄々をこね、結婚してもらって、この「子ども欲しいフィーバー」が止まらず、ピカピカの新居の中で私は夫に「こ・ど・も! こ・ど・も! こ・ど・も・が・欲・し・い」と色っぽさの欠片もない三々七拍子を繰り返していた。(p.32) 

 

 力強い…。ピカピカの新居の中なのがとてもよいです。「こ・ど・も・が・欲・し・い」にはビックリマークがついていないのですが、個人的には絶対についてるだろう、ということで補完して読みました。同文中に「夫に」が二回出ているので、よっぽど「夫に」というのが大切だったのでしょう。ほほえましいです。

 

我が子の寝顔は可愛い。
地獄のような寝ぐずを繰り返そうが、わずかな睡眠時間を問答無用で叩き起こしてこようが、あの愛らしい寝顔を見れば一発で疲れが吹き飛ぶ……と言うほどではないが、とにかく寝顔が可愛い。(p.34) 

 

 読んでいて心地良いです。

 

もちろん答えは返ってこないけど、うた子は今日も元気にうんちぶりぶりです。(p.34) 

 

 逆説がコミカルで素敵でした。

 

【校正要素】
・「最善のタイミングでやってきたのだ」のあとに句点がないです。
・「その一」「その二」「その三」「その四」の字下げが1マス分ズレていて、違和感がありました。
・「のは言うまでもなかった」「二週間かかったという」「と言うほどではないが」
・「まさに安産以外のなにものでもない安産」「助産師さんは何も言わず」「何やらスッキリした顔で」「原稿とは何ぞや」「人生は何が起こるか」「何でもいいよ」
・「吸い付く」「張り付く」「すりつける」「殴りつける」
・「妊娠できる」「外出もろくに出来ない」


@親愛なるJ

 

 小説らしいのですが、いきなり用語説明から始まります。漫画風というか、たまにこういう用語説明から始まる小説を見かけますが、(1)読者の理解力を馬鹿にしているのか、(2)読者へのサービスなのか、(3)文章力に不安だから設けているのか、(4)文章に組み込むのがだるくて設けたのか、(5)かっこいいから設けたのか、いつも疑問になります。

 

 可読性も低く、セリフ自体も中高生の作った台本のようで微妙でした。おそらく人間を描きたいのでしょうけれど、短編は出来事しか書けないので、この内容だと出来事自体にはなんの面白みもないし、短編なので人を描くことはできていないし、セリフのやりとりが楽しいわけでも、なにかの薀蓄に長けているわけでもないし、誤字や脱字、表記揺れ、字下げなど基本的な問題が目立ち、読んでいてしんどいです。

 

【校正要素】
・本文一行目の字下げ、p.42下段左4行目字下げ。
・「老いていくつれ」脱字?
・「彼の相性で呼ぶ者」誤変換?
・「Jは春も迎える前、」も?
・「病気以外での受付はこちらでは受け付けていない」
・「院長先生、井上は笑った」三人称視点なのに地の文で敬称は違和感
・「気さくな井上は、Jをそのまま特別病棟へと足を向けていた」二重目的語と主述の不一致
・「~なJに対し、井上は親父臭く笑うだけだ。『いえいえいえ。とんでもない。Jさんと出会うのは、なかなか機会がありませんからなぁ。今は、全国各地を旅しているそうで』」笑うだけじゃなくてめっちゃ喋ってます
・「君にしか出来ない」「長生きできるのに」「肯定も否定も高橋にはできない」「納得できませんよ」「何かできる」「やり直しだってできる」「我々には、できなかったこと」
・「それは周りに迷惑をこうむるということなんだ」おそらく逆です
・「Jの言うとおり」「君の言うとおり」「まさにその通りだ」「自分の思った通りに」「思い通りに」
・「更に言葉を繋いだ」継いだ?


@眠れぬ夜と聖者の行進

 

 きっといいところがたくさんあるような感じのいいテイストの文章なのですが、なぜかいいところが見つかりませんでした。私の実力不足を感じます…。

 

【校正要素】
・「宙に浮いた」は「ちゅうに/そらに」のどちらにも読めそうなので、できればルビが欲しいです…!
・「雲一つない藍色の宇宙に、砂金のような星がまたたいている」砂金は露骨に金色で世界観に微妙に合わなさそうです
・「砂金の粒が、ゆらりとゆれた」「ゆらりと揺れた砂金」「膨らみ揺れていた砂金の粒」「小さな身体を揺らした」「暗闇の中で揺れていた」
・「白熊が一際大きくはしゃぐ声がした」前方の『が』を『の』
・「草原がひっくりかえり」「振り返った」
・「ぎちりと眼球を動かと」脱字
・「気がつけば夜の空にいた」「気付けば女の身体」「気が付けば心身ともに」
・「良い父親、良い母親」「いいお父さんとお母さんにならなきゃな」「いい母親」
・「姿を見て声を上げる」「パンダは両手を上げる」「白熊はそっか、と声をあげた」


反省文

 「親しさ半ばに礼儀アリーナ」(野生のペット)――しびれました。

 

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 さてさて、通してみてきましたが、著者校や校正が全く入っていない様子で、「個人が輝ける作品を目指す」にはすこし雑ではないかという感じもしますが、書きたいことを目指して自己変容しようという前向きな作品が出揃っているな、と、とても好印象でした。同人誌らしいというか、熱をもってやっているんだな、というのが伝わってきて、あとは編集や校正が機能すれば本として価値がぐんとあがるだろうな、という惜しい気持ちが強いです。